Morning glory 前編




日輪の輝きが、夜の帳を地平線からゆっくりと押し上げていく。

森に囲まれた古城にも徐々に光が差し込み、朝露を纏った花弁や葉や蔓(かずら)をきらびやかに輝かせる。





「あ……た、し……助かっ、た……あぅ」





その古城の中庭に、ひとりの女が両膝を石畳に付けたと思うやばたり、とうつ伏せになって倒れ込んだ。

女は体には黒地のボディスーツと白地に青のラインを入れたボディアーマーを身に付け、頭部にはノーズカップで鼻まで隠れたガスマスク内蔵フルフェイス防護ヘルメットを装備。

まさに完全防備といった出で立ちで、カタギの仕事をしているとはとてもでは無いが思えない。



彼女が眠るように倒れたその周りには、まるで庭のオブジェと紛(まご)うかという程に蔓が絡み付いた、いくつもの物言わぬ女体が、その肉体の至る箇所から突き出てきた大輪の花飾りを見せびらかしていた……





事の発端はさかのぼること2時間前。

太陽系連邦警察・特命捜査課に所属する閠 玲鈴(ぎょく れいりん)は、盗掘者(フォーティナイナー)摘発の為の作戦に参加していた。

地球の欧州地方にあるこの古城はバイオ研究施設として使われていて、旧軍部が隠したお宝があると専らの評判である。



太陽系を巻き込んだ大戦は終焉を迎えたものの、どこぞの軍隊で輝かしい功績を挙げた歴戦の猛者や戦場を渡り歩いたフリーの傭兵など、多くの戦争犬達が食い扶持を失い、生きるために犯罪に手を染める者も少なくなく、中には徒党を組んで宇宙海賊になる厄介なケースもあり、連邦警察はこれらの『戦後処理』に躍起になっていた。

特命捜査課とは聞こえがいいが、連邦警察の花形といえば公安や機動兵器隊で、玲鈴のいる課は組織に馴染めなかった『はみ出し者』揃いの少数精鋭部署なのである。

彼女はもともと機動兵器隊に籍を置いていたが、周囲で巻き起こる上司同士の派閥争いから意識的に遠ざかっている内に、いつの間にやらロッカーが移されていたとかいないとか。



そんな玲鈴の身の上話はさておいて、彼女は今晩、特捜課の先輩にあたる女刑事・ティモシェンコ=トーヤマと任務にかかっていた。





「よし、そんじゃ段取りの確認だぁ。リンは古城に突入して生身の盗掘者を現行犯逮捕、その間にオラはレッドオーグルで城の周りの機動兵器を叩き墜とす」

「あのぉ〜、ティム先輩?この装備であたしの安全は確保出来るのでしょうか……」

「心配すんなって!!鉄甲弾でも貫かれなかったし、ビームコート加工済みで光線銃もバッチリ弾いてくれた。特捜課の官給品は町工場の粋を結集させてこしらえた特注品さ、エリートさん達のソレにも負けない出来なのはオラが保証するよ」

「は、はぁ……」





不安しか胸の内に無い玲鈴をよそに、レッドオーグルの操縦席に飄々と飛び乗るティモシェンコ。にぱっと笑って親指を立てる先輩の姿にいよいよ覚悟を決めざるを得なくなった玲鈴は、半ば諦め気味にヘルメットで顔を包むと、





「やるっきゃないか……午前3:30、作戦を開始します」





自身に気合いを入れ直すのだった。





ヘルメットの暗視機能をONにした玲鈴は音を立てぬよう慎重に古城へと歩を進めていく。しばらくすると、古城の前に停まる輸送船と数名の人影が見えてきた。





「城の前でマル被(業界用語で被疑者のこと)のものと思しき車両を発見、確認出来るだけで自動小銃を所持した見張りが3〜4人程度、これより突入します」

「了解。マル被の機動兵器が動き出したらこっちも動くから、それまで思う存分暴れてこいよ!!」

「や、ヤー!!(思う存分って言ったって……)」





ティモシェンコとこんな通信を交わした後、玲鈴は背中のバックパックからこれまた町工場の粋を尽くしたチタン製トンファーを取り出し、馴れたように両手に装備すると加速装置の力を借りてマル被に矢の如く肉薄した。



「やあっ!!!!」

「貴様だっ……ぁぐ!?」
「ぐあはっ!?」
「だぁふう?!」



賊がその存在を目視したころには、玲鈴は既にトンファーを急所目掛けて打ち下ろし終えたところだった。



黒薔薇のエンブレムがあしらってあるパイロットスーツとヘルメットを着用した賊は迎撃もままならず、意識を失い地面に崩れ落ちた。



「黒薔薇のエンブレム……女海賊ブラックローズ!?」



ブラックローズとは、貨物船強盗事件やカジノステーション人質監禁事件などの凶悪事件を起こして手配中の、女性だけで構成された宇宙海賊だ。その荒くれ具合も男勝りとの悪評である。



「厄介な相手ですが……見過ごすわけにはいきませんね!!」



この期に及んで引き返すのは警察組織の威信にかかわるのだ。玲鈴は城門をくぐる……





……と、

「動くなよ、そこのお前!!」

「なっ、どうして……」





ビームライフルの銃口をこちらに向けて構える賊達のおもてなしが待ち受けていた。



「抜かったわね、見張りは正面だけじゃないのよ!!」

「くっ……(あばばばばば終わっちゃう!?あたしの人生エンドロール!!??)」

「どこの誰かは知らないけど死んでもらうわよ、放て!!」



指揮官の合図で斉射されるビームライフルは、死に物狂いで両腕を盾にした玲鈴に一直線に向かい彼女らを貫いた。





「があっ?!」
「ぱうっ!?」
「ごぽっ……」

「ふはは、どうだ思い知ったか、これがブラックローズの力……なぁっ!!??」





いや、言ったじゃないのよ『彼女ら』を貫いたってさ、何聞いてんのアンタそれでも偉い人?



「……へ?あたし死んでない……」



玲鈴も忘れていたようですが、ボディアーマーのビームコートが美味く働いてくれたみたいで、迫る光線が幸か不幸かそのままリターンされた結果、銃口を向けた賊は自分で自分の額や心臓を撃ち抜いた格好になってしまったようだ。各々すっかり青ざめた顔で、口をぱくぱくさせながら水揚げされた魚のように小刻みに震えている。とりあえず、御愁傷様です。



「そ、そんな馬鹿な!?ここはヒロインが蜂の巣になるのがセオリーのはず……」

「ごちゃごちゃ言わずにお縄頂戴っ!!」

「ぶくはぁ!?」



慌てふためく指揮官は、まさか自分がチタン製トンファーの餌食になるなど夢にも思っていなかっただろう。彼女の視界が一瞬歪んだかと思えば、次の瞬間には玲鈴にうつ伏せに倒され、手を極められた挙げ句に馬乗り状態……という有り様である。



「太陽系連邦警察・特命捜査課です、あなた達の目的は何ですか!?」

「ふん、だれが警察なんかに……」

「正直に答えなさいっ!!」

「あぎぎぎぎぃ?!!?」



身柄を拘束してもなお口を割らない指揮官に対し、玲鈴の取った行動は実に明快。極めた腕をねじりあげることだった。ミチミチと嫌な悲鳴があがると、痛みに耐えかねた指揮官はたまらず口を割る。



「いいい言う、言うから離して!?我々の目的はここでかつて研究されていた……」

「何ですって、まさかそれは……」



指揮官がここまで唄ったところで、





「そこまでにして貰えません?」



今度は城からグレネードランチャーを装備した女が現れた。勿論その銃口は玲鈴の方に向けられている。



「ジャラー様っ!!こいつは警察の犬です、どうぞ始末を!!」

「えぇ、望みどおりすぐにでも始末して差し上げるわよ……」

「ちょ、貴女達何言って……」



このジャラーという女、指揮官がヘコヘコしているのを察するに、恐らく幹部クラスの大物だろう。

ジャラーは暇潰しの玩具でも見つけたような笑みを浮かべ……





「『貴女もろとも』ね?」



躊躇なく引き金を引いた。着弾したグレネードは炎と爆風で瞬く間に地面を抉り取る。地盤が空洞化していたのか、先ほどまで玲鈴と指揮官がいた地点には底の見えない大穴が口を広げていた。



「役立たずは誰だろうと切り捨てるわよ、よろしくて?」

「「「ら、ラジャー……」」」

「さ、例のモノを回収して帰還しますわよ♪」



ドス黒い高笑いを城内に響かせるジャラー、自分は粛清されたくないと恐怖心をあらわに付き従う構成員を引き連れ城の奥へと消えてゆく。





その一方で玲鈴……





「ぶばぁっ!?なんて無茶苦茶してくれるんですかあの人……」



ボディアーマーのお陰かフィジカルの強さか、ともあれ一命はとりとめたらしい、重なる瓦礫を押し退け元気に立ち上がる。



「まさかそんな……この研究施設が閉鎖されてから200年近くは経つというのに、生体兵器なんて残ってるのかな?」



仮にブラックローズが未知の生体兵器を手に入れたとなれば、より凶悪な犯罪に使われることは明白である。幸いにも研究施設の避難通路に落下していたようで、彼女は使命感に駆られて施設の中枢目指し歩を進める。



「きゃっ!?」



しかし何かに躓いたようで、玲鈴は激しくつんのめる。防護ヘルメットの暗視機能が転落した衝撃で作動しなかったようだ。ライトを照らして何事かと躓いたモノを確認した玲鈴、



「あいたたた、いったい何に……ひぎぃっ!!??」



一瞬にして血の気が引いた。





「な、な、内臓が、無いぞぉ〜…………」



玲鈴が躓いたのは、グレネードランチャーによって胸から下が神隠しにあった指揮官だった。

彼女は生きていた玲鈴を怨めしそうに睨み付け、そのまま事切れた。



「ぎにゃああああ、で、出たぁあああぁぁ!!??」



支配するのは恐怖と戦慄。玲鈴は大粒の涙を浮かべながら、脱兎の如き逃げ足を見せるのだった……






to be continued...

Morning glory 後編





「助けて許して化けて出ないでぇぇえ!??!」

さてさて、しょーもないオヤジギャグを遺言に息絶えた敵指揮官に驚いて、進行方向もわからぬままに逃げ倒す玲鈴。



「こ、ここまで来れば、追ってこないはず、はひぃ、はひぃ……」



中国拳法に覚えがあり体力には自信のあった玲鈴だが、未体験の恐怖はさすがに応えたらしい。無意識に壁を背にすると、へなへなと気が抜けたように腰を地面に降ろして、激しい鼓動と荒い呼吸を落ち着かせた。



「やだ、もうやだ、帰る……」



首を振り涙目でヤラセ感満載心霊特番のような台詞をのたまう玲鈴だが、ハイそうですかと撤収させてもらえる状況ではないのは明白である。



彼女は少しだけ冷えた頭で周囲を見渡してみた。逃げ込んだ場所は地下実験所らしい。至るところに弾痕が残っており、ぼろぼろの白衣を被った骸骨がいくつも見受けられた。

ガラス張りの壁の向こうには、苔生(こけむ)した透明なカプセルの中に筒のようなものが厳重に収められていた。



「が、がんばらなきゃ……」



それが何かを確めようとした玲鈴は向こうへと続く扉に手をかけようとして、



「……何かな、コレ?」



デスクにつっ伏した骸骨がその手に大事に包んでいた写真立ての存在に目が行き、何気なしに手に取った。そこには城の中庭で撮ったであろう、在りし日の若い男女の姿が収められている。



「写真の中の二人はこんなに幸せそうなのに……ひゃう!?」



ついつい感傷に浸っていると手を滑らせてしまい、写真立てが壊れてしまった。



「あわわわわ……ん?」



慌てて写真を拾い上げて骸骨に返そうとした玲鈴だったが、その時に写真の裏にメモが隠してあるのに気がついた。中を拡げてみるとそこには……



『私達は恐ろしいものを造り上げてしまいました。勝手なお願いだとは思いますが、もしこのメモに気付いた方がいるならば、奥に封じてあるあの種子を焼却していただけませんか?お願いします。カプセルを開けるパスワードはmg100611です。ただ、間違っても陽の当たらない場所で筒を落としてはいけません、おぞましいことが起こりますから……』



との文言が。



「あのカプセルの中に生体兵器が……」



メモに書かれたパスワードを入力してカプセルを開放した玲鈴は、生体兵器とおぼしき種子が封印された筒型カプセルを慎重に左腕で抱えると、トンファーを右手に持ち地下からの脱出を図る。

もののついでに研究施設内のデータをヘルメットに落としていたお陰で、迷路のような地下で彼女は地上への最短ルートを迷わずに進むことが出来た。

壁もステンレスめいたものから古城の煉瓦へと、変わる景色も地上にもうすぐそこまで迫っていることを予感させるには十分だった。



「やった、地上だ!!早くこの種子を本部に……」



あとは城の大ホールさえ抜ければもう少し……





「あら、私に代わって見つけてくださったのね、子犬ちゃん?」

「ひっ、その声は……!?」





あと一歩及ばず、ジャラーとブラックローズ兵に見つかってしまった。



「生体兵器を子犬ちゃんから奪うのよ!!」



ジャラーの一声で一糸乱れず自動小銃を玲鈴目掛け無慈悲に放つブラックローズ兵。



「あぐっ……」



玲鈴の装備しているボディアーマーは確かに堅牢そのものだ。ただ、実体兵器による衝撃は少なからず装着者にも伝わる。この状態で長時間に渡り弾幕を浴び続けることが何を意味するのか、ジャラーは理解していた。



「うぐっ、あ、だぁう!!??ぐ、ぐぅ……」



玲鈴に与えられたのは、全身を襲う拷問のような激痛。仮に今、彼女のアーマーとスーツを剥がしたとしたら、その体には痛々しい青アザがあらゆる箇所に出来ていることだろう。



(このままじゃ……)



玲鈴の意識が遠のきかけたその時、弾幕が筒型カプセルのガラスにめり込んだ。

蜘蛛の巣状にヒビの入ったガラスは中の液体の水圧に耐えきれずに砕け散り、中の種子が地面へと堕ちてゆく。

玲鈴は咄嗟にメモの文言を思い出した。



『ただ、間違っても陽の当たらない場所で筒を落としてはいけません、おぞましいことが起こりますから……』

「おぞましいこと……いやぁぁあ?!!?」



ビー玉ほどの種子が地面に到達する前に、火事場の馬鹿力で振りだした玲鈴の足が間に合った。思い切り蹴り込まれた種子はブラックローズ兵のひとりの足元に転がり、石造りの床に根を張ると通常の植物ではあり得ない超速度で発芽し、そして……





「うっ、あぁ、や、あああぁああぁ!!??」



急速成長した蔦葛(つたかずら)は万力で締め上げるように彼女の両足に絡み付き、そこを拠り所にさらに蔦を生い茂させてゆく。



「な、何が起きてるの、何が……」



狼狽しながらもその女兵士は必死にもがく。だが蔦葛は千切れなければ解けることもない。それどころか今度は蔦の先端部が誰に言われるでもなく捻られていき、アイスピックのように鋭くなってゆく。



「あああ、助けて、助け……」



彼女の必死の叫びも、異様な光景を前に言葉を失い後退りしてしまった仲間の耳には最早届かない。



「ひぐぁ!?!?ぁ、ぁああ……」



生体兵器は女兵士の腹部にその鋭い蔦を見舞い、そこから養分を吸い上げながら、体内に根を張り蔦を伸ばし、彼女を蝕んでいく。



「いぃ、イヤダ、コンナ終ワリ……ガ……ガバゴバっ」



五臓六腑を制圧した蔦が、口や耳鼻からも這い出してシールド越しの恐怖と苦痛に歪みきったその顔を緑で覆い尽くす。



「アガ……あガゴバ……ぼっ」



ヘルメットの中までもが完全に蔦に支配されるとその躯はメコメコと歪み、程なくして腹部から蔦が飛び出し、後頭部から腰までがばっくりとふたつに割れ、いよいよ成長した生体兵器は激痛に悶える玲鈴と、黒い笑みのまま硬直しスーツを冷や汗で塗らすジャラー、そして恐怖におののき泣き叫ぶブラックローズ兵に、その禍々しき姿を惜し気もなく曝すのだった。



「何をしてるの!!ビームライフルで蔦を焼き付くすのよ!!」

「やっております……あぎゃ!?」
「ですが味方を取り込んだ蔦葛の成長が止まりま……ふぼっ?!」
「やってられるか、私だけでも脱出……ぇべ!?」



まるで最初に喰われた女兵士の怨念が『道連れにしてやる』と慟哭しているように、蔦葛の生体兵器は周囲のブラックローズ兵を文字通り食い物にしながら増殖を続ける。そのうろたえようは、悪名高い女海賊達のイメージとは遥か遠くかけ離れ、そこにいるのは絶望の淵で泣き濡れ、気が触れ、訳もわからぬまま理不尽に異形に喰われていくただの女だった。

古城の大ホールはまさに地獄絵図と呼ぶに相応しい凄惨な有り様だったが、生体兵器が周囲の賊から捕食していることは、誰よりも出口に近かった玲鈴にとっては外へと脱出する千載一遇の好機である。



「に、逃げなきゃ……あたしも殺される……」



痛みに軋む体を無理矢理起こすと、彼女は持てる力を今一度振り絞り、チタン製トンファーを杖にしてフラフラと歩き出した。





「私を守るのよ、何のための兵隊なの!?」

「?!ジャラー様何を……ぎゃ!?」



その一方で生体兵器の暴走に押し込まれ、ついにジャラーは壁際に追い詰められてしまう。取り巻きは喰われ、彼女の『盾』は先ほど使い尽くした。もう彼女を守るものは何もない。



「私は、私は……嫌ぁあああああぁああぁ!!??」



ジャラーは最後の抵抗とばかりにグレネードランチャーを撃ち尽くすまで乱射する。りゅう弾は迫る蔦葛をことごとく焼き付くし、彼女の周囲は何かが焼け焦げた異臭と黒煙に包まれた。



「あ、あはは……口ほどにも無いのね化け物の癖に!!フヒヒハハハ、あ――――――――はっはっ…………」



あまりに呆気ない勝利。静寂に支配されたジャラーは城中にこだまするように笑い、狂気の眼光に……





「……!!?!???!」



まるで『ご苦労様』と言うかのようにこちらを向く無数の蔦の針を……見た。





程なくして玲鈴の後ろでドカドカと、何かが大量に突き刺さるような音がした。が、それに構う猶予は許されない。彼女が唯一出来ること……それはこの地獄から生還することだ。

重い体を引きずって、彼女は脇目もくれずに無限にも思える時を逃げ続けた。





「がっ、ふぅ、はぁ……」



やっとの思いで辿り着いた中庭。外界はもう日の出の時刻を間近に迎えていた。

自分は助かった。安堵に満ち満ち、こわばった表情がようやく緩んだ玲鈴。バックパックから発煙筒を取り出しティモシェンコに救助要請を……









「……ひぎぃっ?!!?」



しようとしたところで発煙筒を落としてしまう。生体兵器の蔦葛が彼女の肉体を僅かにそれ、隣の彫像を打ち砕いたのだ。狙いを外した蔦葛はそのままビームライフルを弾いた件(くだり)で出来上がった亡骸達に取り付き、生き死に関係無く養分へと変換する。魂が肉体から離れた後で捕食されたのならば、彼女らはまだ運がいいほうだ。



「あぅ、あぅあぅ……」



しかし彼女はそうはいかない。この生体兵器が何を仕出かしたのか、その一部始終をハッキリと見てしまったからだ。城から中庭へうねうねと地を這う蔦葛は、間違いなく彼女に狙いを定めている。弾にも耐えうるボディアーマーも間接部分の継ぎ目は唯一弱い箇所だ、そこを襲われては一撃で体内を侵される可能性は非常に高い。



「あ、あはは、あはははは……」



もう助からない――

玲鈴は悟った。
股関節がじわりじわりと湿り気を帯びる中、彼女は自分を憐れむように泣きながら強引に笑う。どうせ蔦に巻かれた人形の仲間入りを果たすなら、せめて自分だけは断末魔の顔よりも笑顔で……そう思ったのかもしれない。そして短い生涯で起きた様々な出来事が走馬灯のように溢れだし……









「…………!??!……?」



城から爆発音が聴こえる。巨大な手錠のような拘束武器で身動きを封じられた敵機が、それはあたかも狙いすまして投擲されたかのようだった。これで蔦葛の動きが大きく鈍った時、邪を打ち払うように真っ赤に燃える朝日が城全体を包み込む。

するとどうだ、蔦葛の針は玲鈴の目と鼻の先でぴたりと動くのをやめ、鮮やかな紫色をした朝顔の花を咲かせたのである。朝顔畑が満開となるのにそう時間はかからなかった。紫の花は犠牲になった女海賊達を弔うかのように、早朝の澄んだ風に揺れていた。そして冒頭に至る……





「……うぅ、ん…………」

「ん、気ぃ付いたか?ひゃっく♪」



玲鈴が次に目を覚ましたのは、輸送艦内にある医務室の固いベッドの上だった。いつの間にかボディアーマーとスーツは脱がされ、代わりに包帯まみれのミイラ状態で少し固めのベッドに転がされていた。その傍らには心配したティモシェンコが、パイプ椅子に座り後輩の目覚めを待っていた……もっとも、チューハイ片手にだが。



「ほれほれ、食うかぁ、柿の種?」

「……しぇ……しぇんぱぁああい!!??」

「おわっ!?」



助かった喜び、恐怖からの解放、色々な感情が沸き上がり、玲鈴は思わず号泣しながらティモシェンコに抱きついた。



ところでティモシェンコは何をしていたのか?

それは別の話である。



〜Morning glory 玲鈴編・了〜





〜人物紹介〜

・閠 玲鈴
太陽系連邦警察特命捜査課に転属されたばかりの婦警。機動兵器も操れるが中国拳法に覚えがある。得意武器はトンファー。

・ティモシェンコ=トーヤマ
あらゆる面で男勝りな、特捜課で玲鈴の先輩にあたる女刑事。訛りが独特な上、背中には桜吹雪のタトゥーが掘られている。




アイザック 様GALLERYに戻る






エロハリコミニュティー
掲示板カテゴリ検索
[アダルト]総合 写メ/ムービー
雑談/その他 体験談/小説
無料レンタルBBSebbs.jp