〜Big Wednesday〜




海中に力なく漂う漆黒の物体。それはネオプレンの2ピーススーツで柔らかな体をくまなく包んだ女性ダイバーだった。心臓にはスピアガンのシャフトが突き刺さり、折角の酸素ボンベも最早意味を成さず、ダブルホースレギュレータを離した口をパクパクさせながら、赤色の霧を残して深い海の底へと誘われていく。

『はいカットぉ!!』

そんな彼女に、別のダイバーがこのように書かれたボードを掲げてみせる。よくよく確認すると、彼女の周りには水中キャメラを構えたダイバーが何人もいるではないか。

「ぷはぁ、ゲホゴホ……少し水飲んじゃった……」

実は彼女が沈降していた場所も、波の出るプールの深い場所。そう、これはアクション映画の撮影だったのだ。当然ながらスピアガンも特殊メイクで、赤色の霧も血糊である。

「お疲れ様、君の仕事はここまでだから」

「お疲れ様でーす……」

監督にそう言われるや、ザコ敵役の少女は装備を慣れた手つきで脱ぎ、フィンをぴたぴた歌わせながら更衣室へと引き揚げる。

「あたし……何やってんだろ?」

スーツを脱ぎながら些か憂鬱気味なこの少女の名は道草クーラ(みちくさくーら)。現在多方面で売り出し中も伸び悩むアイドルだ。

(見た目だけでもダメ、歌が上手くてもダメ、あたしにも圧倒的個性があればなぁ。このままじゃ、いつまでたってもチョイ役、良くてバーター止まりだよぉ……)

スカウトされて芸能界入りしたはいいが、世はアイドル戦国時代。世間の目は厳しく、圧倒的個性が求められている。クーラもまた、時代の波に飲まれそうな立場にいた。

そんな時のこと。

「クーラぁ、とっておきの仕事があったぞ!!」

「また大げさなこと言って……」

「主役だよ、シュ・ヤ・ク!!」

「えぇっ、主役ぅ!?」

マネージャーが持ってきたのは、映画の主役というまたと無いビッグチャンス。彼女はこのオファーを快く受け、撮影へと挑んだ。

映画の内容は主人公のスタントマンの青春グラフィティで、仕事を選り好みしなかったお陰でスタント経験が無駄に豊富なクーラの実績が評価され、この大抜擢に至った。撮影は殊の外順調に進んでいたが、ある日予期せぬ事件が起きた。

「……こんなシーンありましたっけ?」

「いや〜すまないね、大人の事情でさ……」

カリブ海ロケの最中に予算が底を尽きかけてしまい、監督は苦肉の策として水上バイクとダイビンググッズの業者を急遽スポンサーにつけ、その見返りに、力いっぱい宣伝することになったのだ。

ちなみに彼女の今の出で立ちはといえば、全身を黒地のネオプレンドライスーツで覆い、足にはフルフットフィンを付けている。重りやダイバーズナイフも既に装備済みだ。

さらにこれから背負おうとしているのは、従来型に比べ3倍長い水中活動を可能にした最新鋭のリブリーザで、その呼吸器具もレギュレータではなく、鼻までノーズカップで包み込む、ゴーグル一体型のフルフェイスガスマスク。フードを被り、リブリーザを担ぎ、さらにガスマスクを装着し、それを存在感タップリなダブルホースでしっかり連結するのだから……

「イメージ通りだ、ドライスーツを機材とベルトでギチギチにして顔まで隠すなんて、なんと官能的で繊細極まりない……」

「ちょ、監督!?(シュコー)好き者の外国人が(シュコー)こんな格好で歩いてる動画(シュコー)間違えて見ちゃったことあるんですけど!!??」

「一応、『爆発した敵戦艦から逃げる女スパイ』ってコンセプトはあるんだけどな……そうだ、この光る棒を構えてみてくれ」

「こ、こう……ですか(シュコー)?」

監督の要望通りに光る棒を構えるクーラ。その姿はまるで、

「スターウォーズ!!」

「何やらせんですか(シュコー)!?こんなの宴会芸にも(シュコー)使えませんよ(シュコー)!!」

そんな寸劇はさておき、フル装備のクーラと撮影クルーはエンジン付きボートで海岸から沖の方へと向かう。しかしこの中の誰もが、この後まさかの事態に遭遇しようとは夢にも思っていなかった……

地元のサーファー曰く、この日は絶好の波乗り日和だそうだ。その言葉通り、海は適度な荒れ模様。早速水上バイクに跨がったクーラ。撮影クルーも所定の位置につき……

『うわっ(シュコー)!?何ですかこれ(シュコー)?!』

突如通信機から、狼狽えるクーラの声が聴こえてくる。

「どうしたクーラ!?」

『下、下です、下(シュコシュー)!?』

「下ぁ?……なぁっ、これは!?」

何事かと撮影クルーが水面を覗いてみると、そこには大量の魚群が。

「げ、激アツ……」

『パチンコじゃありません(シュコー)!!』

「いやいや落ち着け俺!!動物の異常行動は災害の前兆と聞くが……」

そう、監督の虫の知らせはこの後見事に的中することになる。それはかつてその光景を目の当たりにしたであろう、海岸にいた地元の老人が叫んでくれた。

「あぁ〜大波じゃあ、大波が来るじゃあ、【ビッグウェンズデイ】じゃあ〜〜〜〜!??!」

老人の叫びとほぼ時を同じくして、クーラ達の上空はみるみるうちに黒雲に包まれ、水上バイクとボートは揺れに揺れる。

『監督(シュコー)、なんかヤバくないですか(シュコー)!?』

「そうだな、海岸に戻るぞ!!」

事の重大さを本能で感じたのか、水上バイクとボートは海岸目指しひた走る。しかし水平線から迫る波は徐々にその高さと勢いを増しながら、撮影クルーをひと飲みにしようと目論んでいる。

ここで説明しよう。ビッグウェンズデイとはサーフィン用語で【巨大なる波】のことで、命知らずの冒険バカのハートを掴んで離さない極上ビッグウェーブのことである。

「急げ、大波が来るぞ!?」

『(シュコー)これが全速力です(コーシュコー)?!』

そんな危険なモノが迫っているというのに、搭載されたエンジンの差で水上バイクはボートからみるみる離されていく。

『ダメ、来ないで(シュコー)、そんな(シュコー)……』

取り残されたクーラは無論、冒険バカでもなければ命知らずでもない。只の伸び悩みアイドルだ。

『(シュコーシュコー)はぅ、何だか暗く……(コーシュコシュー)!!??』

思い切り暗転する周囲に反射的に背後を振り返ったクーラは、その事を酷く後悔した。そこには巨大な水壁が出来上がっており、それは間もなく彼女を抱き抱えようとしていたのである。

これがまだ小さい波ならば、まだ乗りこなすことは可能だったかもしれない。だが逃げようと試みたことが災いし、波は最早駆け込み乗車を許さない暴走特急と化していた。

「速くするんだ、速く!!」

『うわあああ――――っ(シュココシュコー)!??!』

上には乗れない、だが波の中なら……

咄嗟に波のトンネルをくぐるサーファーの写真が頭によぎった彼女は、この大波を水上バイクでくぐり抜けようとした。

「監督、監督!?」

「おお、これは……」

既に海岸に避難していたクルーからも、その構図は不謹慎にもダイナミック極まりなく映った。しかしそんな奇跡も儚いもので、

『(シュコホシュコホ)いやあぁぁ――――――――(コシュホシュ)ガバゴボゴプゴフサ――――――――』

「クーラぁぁぁあ?!!?」

程なくして彼女は水壁に押し潰され、通信は完全に途絶えた。海岸に打ち上がったのは、海藻が巻かれた水上バイクのみ……

「クーラ……いいヤツだった……」

誰もが最悪の事態を覚悟した…………が、

『シュコー、シュコー……』

どこからか聴こえるくぐもった荒い呼吸音。撮影クルーがそれがする方へと急いで駆けていくと、

『はぁ……(シュコー)はぁ……(シュコー)』

波に揉まれて衰弱した体を微睡み加減に横たえる、クーラの姿があった。彼女の命を救ったのは、紛れもなく超絶重装備であろう。

リブリーザも高性能でダブルホースもしっかりとしていたが、一番の要因は呼吸器具がガスマスクタイプだったことにある。ゴムバンドで頭部にしっかり固定したからこそ、波の衝撃でも脱げずに呼吸が出来たわけで、これがもし、マウスピースをくわえるレギュレータだったとしたら……言わずもがなである。

「しかしアレだな……」

「水も滴るいい女……」

『シュコー……(早く脱がせてぇ……)』

〜それからどした〜

その後、命が助かったクーラには新たなチャンスが転がり込んでいた。

「来ちゃったよ、アマゾン……」

ビッグウェンズデイでの出来事は、キャメラマンがバッチリ収めていたお陰で見事なPVが完成し、冒険バカというイメージが世間に浸透したらしく、今度はブラジルでアマゾン川縦断に挑むそうだ……勿論フル装備で。

「この分野ならあたしは第一人者……恥ずかしくない仕事をしなくっちゃ!!」

キャメラの前で決意表明した彼女は、フードを被りフルフェイスガスマスクを装着すると戦闘態勢に入ったのだった。

『本番……(シュコー)行きましょっか♪(シュコー)』

〜Big Wednesday・了〜



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