Hunter is of the chase〜狩るヒトは狩られるヒト〜




「はっ、はっ、はぁ、はぁ……」

それは大乱が終息するより少し前のこと。木星の衛星エウロパを下に見ながら浮かぶガニメデ船籍の巨大戦艦は、当時エウロパ最大の勢力・コロニー帝国軍が送り込んだたった4人の刺客に壊滅寸前にまで追い込まれていた。通路を逃げ惑うパイロットスーツ姿の少女も、迫り来る猟犬達の気配をひしひしと感じていた。

「あはははは!!ガニメデのみんなァ、エウロパから鉛玉のプレゼントだよぉぉぉ!!!!」

ひとりは弾薬を満載したバックパックを背負ってガトリング砲をガニメデ兵目掛け男女の見境なく撃ちまくる。

「きゃはは、遠慮しないで爆弾も受け取ってよね!!!!」

ひとりは弾幕から逃れようとした敵の群れに躊躇なく手榴弾を放り込む。

「祭りだ祭りだ、ファイヤーパーティーだぁ!!!!」

ひとりは火炎放射器を敵を漏らさず炭屑にする。

「まったく、あいつら情報回収任務を忘れてないでしょうね?私が楽しむ分も残しておきなさいよ……」

そしてひとりは戦鎚を手に向かう相手を嬲るように叩き潰しながら、艦内のデータや金目の物などの戦利品を物色していた。

猟犬達はボディスーツの上に甲殻類を思わせるプロテクターを纏い、頭部をガスマスク内臓型フルフェイスヘルメットで保護していた。胸の膨らみと腰のくびれ具合から、性別は女性と見て間違いない。

彼女らは帝国軍が秘密裏に開発していた【重装強化歩兵(通称・重強兵)】のテスト体で、特殊訓練と薬物による身体能力強化で人並み外れた機動力をその身に宿した精鋭だ。

「い、いやぁぁあ……ぁが、ぱ、うぐ!?」

「イィ声で哭くんだねぇ、ソソられちゃうよぉ♪」

これだけでも厄介なのに、薬物漬けの副作用で精神に些か以上を来しているというのだから迷惑千万である。必死に逃げる少女兵の体に幾重にも風穴を開けた重強兵は、敵の気配が無いのを確認しつつ吹き抜けのホールで自ら造り上げた惨劇を見渡すと、装甲の僅かな継ぎ目から秘部に指をやり自慰行為に耽りはじめたではないか。

「あふぅ、あ、ぃい……」

くぐもった喘ぎ声を上げながら、全身の重装備をある種の拘束具のように感じつつ、重強兵の少女は切なそうに体をよじらせる……

「はぁ、ぁう……ぱぐぅ!!??が、ぱ、」

その刹那、彼女の肉体を稲妻の如き衝撃が貫く。それは自慰行為では決して得られるはずのないモノ。

重強兵の肩の上には、いつの間にか紫色のボディスーツに軽装ボディアーマーを装備した、黒いバイザーのヘルメットの少女が居て、彼女の頭頂から股関節までを日本刀で貫いていたのだ。

「あが、ぱ、ぴ……」

「……まず1人」

こう呟いた少女が刀を引き抜きヒラリと床に降り立てば、重強兵の貫かれた股関節からは鮮血が吹き出し、見開いた目は赤色の涙を流してバイザーを鮮やかな朱に染め上げ、

「あぱ……おごろ、ぼっ」

死に際に絶頂したのか、喘ぎを遺言に血だまりの床につっ伏した。

「生体反応が……消えた?」

「どうしたの、新手でも出た?」

その直後、異変を察知した火炎放射器と手榴弾、2人の重強兵が向かい合わせの入口からそれぞれホールに入る。ホールでは多くのガニメデ兵の死体と、吹き抜けの中心で血を流し尽くして絶命したガトリング砲の重歩兵が彼女らを出迎えていた。

「なっ!?誰がこんなこと……」

抜け殻のガニメデ兵を蹴飛ばしながら変わり果てた仲間に近付く火炎放射器の重強兵は気付いていなかった。このホールに死体に擬態した刺客が潜んでいることを……

ガスボンベを背負った背中を晒した時、刺客が先程の重強兵から奪ったガトリング砲が牙を剥き出しにした。

「後ろからっ……がぁっ!!??」

重強兵の装甲は簡単には壊れない……が、ガスボンベはそうはいかない。弾を重ね当てられ破裂したボンベからは可燃性ガスが漏れだし、跳弾による火花で勢いよく着火。

「うわあぁぁ――――っ?!!?」

「ちょっと何……ふがっ!!??」

その勢いに振り回され人間ロケットと化した火炎放射器の重強兵は、対角線上にいた手榴弾の重強兵を巻き添えに、床をネズミ花火のように暴走しながらなす術なく突き進んでいく。

この時の互いの体位は火炎放射器の方がうつ伏せで手榴弾の方が仰向けだったのだが、

「が、ば、ぽ、べ、ぐ……」

「ひぃ、いや、ぎっ……」

薬物の副作用でホルモンバランスが崩れいわゆる【ふたなり】となっていた2人には非常にまずかった。

一方は装甲がカバーしているとはいえ股関節を猛烈な速度で引きずられ、もう一方は股に埋もれた相方のヘルメットが強烈に振動し扱きに扱く。

体力を奪われ何度も絶頂を迎えながら、彼女らは全身を硬い壁や床に打ち付け、オブジェの柱に刺さるように激突して停止した。

バランスを崩したゼンマイ人形のように手足をぴくぴくと動かす重強兵達。装甲の継ぎ目の至る箇所から赤い何かが染み出している。やがて手榴弾の方のスーツからポロポロと爆弾が転げ落ちるのを見て、紫色の少女はホールの外へと悠々退避した。

爆風がホールの扉を吹き飛ばしたのはその後のことである。

「味方の気配が消えた……!?それも一時で……」

独り別行動を取っていた重強兵も、仲間の生体反応が途絶えたことは察知していた。

(何かが来る!?馬鹿な、この艦の敵兵は一匹残らず殲滅した筈……私達の知らぬ間にどこぞの手練れが潜んでいたというの?)

思いを巡らせている間にも、刺客は確実に重強兵のいる部屋へと近付いている。肌に殺気をぴりりと感じた彼女は扉の側息を潜めて……

「死ねぇええぁ!!!!」

「が…………っ!??!」

扉が開いたと同時に戦鎚を頭部目掛けて振り抜いた。その思惑通り、得物の衝撃を受けたヘルメットは砕け散り、刺客は頭部を紅色に染めながら通路を激しく転がった。

「くっ……、貴様達だけは……」

痛々しい額を晒しながらも気力で立ち上がり気丈に太刀を抜いた少女の顔に、重強兵は見覚えがあった。

「お前は……死に損ないの姫か!?」

少女は穏健派で帝国の安定を図った前皇帝の娘……皇女だった。皇女は軍閥強硬派のクーデターに遭い、辛うじて生き延びたものの家族を奪われた。そして皇帝の屋敷に突入し家族を無惨な姿に変えた張本人こそ、他でもない重強兵達だったのだ。

「妾は許さぬ……父上と母上の命を奪い、国と民を混沌に陥れた貴様達を、断じて許しはせぬ!!」

「死に損ないが粋がっちゃって……すぐにでもパパとママのところに送って差し上げますよ、お姫様?」

「ぬかせぁぁああ!!!!」

重強兵の挑発に怒髪天衝の皇女は、太刀を振り上げ猛烈な勢いで仇に斬りかかる。しかしそうした行動は重強兵の策略通り。獲物が勝手に向かって来るなら、こちらは戦鎚を脳天目掛け降り下ろすだけの簡単な仕事である……

「…………!!??う、嘘……どうして……」

しかしこの後、重強兵は皇女を侮ったことを酷く後悔することとなる。

エンドルフィンという脳内麻薬が大量に分泌されると、脳のリミッターが外れて爆発的な力を引き出すことが出来るらしい。世間で言われる『火事場の馬鹿力』のことだ。

重強兵の一言は皇女の逆鱗に触れ、火事場の馬鹿力を引き出すきっかけを与えてしまっていた。戦鎚を振り上げた頃、皇女は既に太刀を降り下ろし終えた後だった。

禍々しい鈍器は床にごとりと落ち、ヘルメットはまっ二つに割られ、何が起きたのか理解出来ない様子の重強兵の顔が顕わになった。

「う、あ、や、やだ、おな、おなか、なんで、はんで……」

その次には外殻のように強固だったアーマーは中心から縦に見事な直線を描く。その腹部からは臓物が次々に溢れ出そうとして、慌てふためく彼女は必死に腹部を抑えてそれを食い止めようとするが、

「あ、あたま、あだままま!??!」

今度は顔にも赤いラインが引かれ、彼女は咄嗟に外殻ごしに抑えていた腹部から手を離し頭を抱えたらば、今度は重力に耐えかねた臓物が鮮やかな赤色のなにがしと合わせて、股関節から濁流のように溢れた。

この時ようやく、この重強兵は『自分が一太刀でアーマーごと叩き割られた』事実に直面したのである。

「父上と母上に詫びを入れろ……そして地獄へ行け!!」

「い、嫌、し、死、や、いゃああああぁ――――――――…………べっ!!?!???!」

皇女の捨て台詞に重強兵は抱えた頭を天に向け抗うように叫んだが、バランスを崩した彼女は背中から倒れ込み、床に付くやその肉体は竹を割ったように分断されてしまった。

「父上、母上……仇は……討ちました……ふぐっ!!??」

太刀を収めた皇女は痛みを思い出したかのように床に崩れ落ちた。それでも立ち上がった彼女は最期の力を振り絞って這うように歩き、艦の操舵室へと足を踏み入れた。ガニメデ兵の亡骸を丁重に退かした彼女は、艦の進路を軍閥幹部が掌握し作戦本部としている議事堂に設定すると、眠るように息を引き取った。

(父上……母上……今、参ります……)

その後、帝国議事堂にガニメデの戦艦が墜落してクーデター首謀者は事故に巻き込まれ死亡、混乱に陥る軍部は覇権争いで分裂、その間にガニメデの支援をレジスタンスが弱体化した軍部を叩き、帝国は終焉。ガニメデとエウロパの両政府は講和条約を締結、戦争の幕は下ろされた……

戦後となっては、今は昔の物語。真実は闇に溶け、それを知る宇宙は一切口を噤み、星々の営みを静かに見守るのみである。

〜Hunter is of the chase・了〜




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