冬華と舞衣

厚手のスーツに四肢を通しグローブを身につける。
宇宙空間での、かつコクピットという閉鎖空間での戦闘に耐えうるパイロットスーツ。
一年戦争当時からはやや厚手になっているが、そのぶんサバイバル性能が向上しているのだという。
しかし、舞衣の表情はスーツを着込むほどに曇っていく。


「はぁ、はぁ…っっ、怖いよう…」

思わず独り言を口にする。身体が震え、涙がぽろぽろと無重力の宙を舞う。

「落ち着いて、舞衣。ね?あんな目に遭ってもちゃんと還ってこれたじゃない」

後ろから諭すような声が聞こえた。
既にパイロットスーツに身を固めた冬華が様子を見に来たのだ。
舞衣より3歳年上な彼女は既にある程度の実戦経験を積み、
ルーキーの舞衣と比べて振る舞いにも落ち着きが感じられた。

「今日は哨戒だからちょっと肩の力抜きましょ」

しかし冬華の言葉を嘲笑うかのように艦内に警報が鳴り出したのだった。

「そんな!?」
「舞衣…!」

彼女は怯える舞衣を抱き締めてあげる事しかできなかった。

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艦内に警報が鳴り響き、慌ただしくMSの出撃準備が始まる。
二人の乗り組むエゥーゴ所属のサラミス改級「シンプロン」はティターンズのアレキサンドリア級と会敵した。
舞衣と冬華も戦闘出撃するためにモビルスーツデッキへと向かう。

「こないだの事…昨日の晩も夢に出てきて、わたし…」
「あたしだっていつも怖いわよ。でも、舞衣もあたしも、こうやってまだ生きてるじゃない」

グローブ越しに冬華がぎゅっ、と舞衣の手を握りしめる。
ぬくもりが伝わったような気がして、舞衣の顔がようやく綻んだ。

「さあ、行こ?頑張って夏美や海琴の仇を取りましょう」
「はい。ありがとうございます!」

【冬華はそれを見て微笑むと、制汗用のバラクラバを鼻上まで引き上げる。
舞衣もそれにならって顔を覆う。少し身が引き締まったような感覚。】

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全天球モニターに、ところどころ光の球が現れては消える。
戦闘でモビルスーツが爆発する光だ。
その光球の数だけパイロットの命も消えていく。

「舞衣、無理しちゃダメよ。とにかく生き残る事だけ考えて」

舞衣のネモの肩に自分のジムカスタムの右手を触れさせて通信する。

(ある程度抵抗して、敵に諦めてもらうしかなさそうね)

【冬華は味方が劣勢である事を見て取り、マスクの下の唇を噛んだ。】

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ネモのコクピットで、舞衣は戦闘の光を見ながら荒い息を吐き、怯えきっていた。
もはや心がトラウマのみに覆い尽くされ、冬華の通信も耳に入っていない。

「はぁっ…!はぁっ!ハッ、ハッ…ヴッ?」

そして緊張が限界に達した舞衣はヘルメットの中で嘔吐した。
バイザーの中が大量の吐瀉物で一杯になる。
呼吸が困難になりヘルメットを抱えてじたばたともがきだした。

【マスクの下にも吐瀉物がべっとりと着いてしまい、
「あ"!あ"!アガッ?!ゴボボ!ガボッ!!」

自ら吐き出した汚物に溺れる格好となってしまった。】

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「舞衣!大丈夫?!舞衣っ!!」

舞衣の異変に気を取られた冬華だったが、それが彼女の命取りになった。
敵機が射程圏ギリギリから放ったビームが胴体部分に命中してしまう。
即爆発はしなかったが機体に留まるのはもう危険だった。

「しまった!脱出ポッドは…?そんな!?作動しない!!」

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冬華はやむなくハッチを爆破し、宇宙空間にパイロットスーツ姿で飛び出す。

(舞衣のところに行かないと…!)

とっさの事だったのでランドムーバーを着けている暇さえなかった。
だがそれゆえに自分の機体から直ちに距離を取れなかったのである。
ジムカスタムは残念ながら彼女の離脱を待たずして爆発した。
閃光に呑まれはしなかったものの、機体から飛び散った無数の破片が冬華に容赦なく襲いかかる。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!」

バイザーにおびただしく穴が空いたため、その断末魔の叫びは真空に呑み込まれ無音だった。
無数のデブリに切り刻まれながら数秒激しくもがいたが、やがて全く動かなくなる。
身体を苦痛に仰け反らせたまま目を見開き、冬華は息絶えた。
【マスク越しにも苦悶の表情が伺え、その鼻口の生地には吐き出した血がべっとりと着いていた。】

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「ゼエッ…ゼエッ…!ゴプッ、ゴボ」

舞衣は必死にパニックから立ち直ろうとしていた。

(落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ!)

呪文のように自分に言い聞かせて、どうにかヘルメット内の汚物を排出弁を使って少しずつ放出していたその時。
すぐ側で爆発の光が見え、やがて人形のようなものがこちらに流れてくる。

(えっ…?!)

人形に見えたそれを拡大した時、舞衣の不安は残酷な現実となった。

(せん…ぱ…い…そんな…!)

「あ"…あ"あ"…ムヴォア?!ア"!ア"ア"!!…オ"エ"ッ」

優しかった冬華の無惨な姿を前にして、舞衣の心は完全にへし折れてしまった。

「ォ"ッ!オ"ウ"ァア"!!オ"エ"エ"ッ!オ"エ"ーッ!!!」

叫びながら再び嘔吐し、激しく失禁する。
まるでその様は心の拠り所を失いひたすら身体全体から嘆きを吹き出していたように見えた。

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戦場の真っ只中で動きを止めた舞衣のネモを敵が見過ごすわけもなかった。
先ほどほぼアウトレンジから冬華を仕留めた手練れのジムクゥエルが舞衣をロックオンする。
コクピットに警報が鳴り響くが、それはもはや舞衣の意識に届いていなかった。

周囲が光に包まれる。
ヘルメット内の吐瀉物が加熱され、強烈な臭さを感じたのと同時に身体中が灼けるような熱さに包まれて…それが舞衣の感じた最期の感覚だった。
バイザーが割れ、パイロットスーツは装着者もろとも飴のようにひしゃげていく。

そしてビームライフルの直撃を受けたネモは閃光を放ち爆発した。

宇宙空間を無数のデブリとともに漂う真っ黒に焦げた人型。
その辛うじて手と判る部位にひしゃげたヘルメットの残骸が漂ってきて、寄り添うようにひっついた。

ティターンズが起こした30バンチ事件はコロニー市民の反感を買い、
多くの若者が反ティターンズを掲げるエゥーゴに参加した。
しかし、多くの者が後にグリプス戦役と呼ばれるこの戦乱で命を落としていったのである。








ssns様に素晴らしいSSを付けていただきました
ありがとうございましたm(_ _)m
【】で囲まれた部分はマスク装着時の描写です



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