「墓所への沈降」





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 衝撃。見下ろすと、胸から生えた異形の植物のように、スピアガンのシャフトが突き立っている。幸か不幸か心臓の位置をわずかに逸れていて、5ミリ厚の両面スキンスーツを貫通して左乳房に深く刺さったそれは激痛をもたらした。シャフトを伝った出血が、周囲の海水を見る間に紅く染め上げる。

(……がっ)
 くぐもった声が喉奥から漏れる。銛先が肺を傷つけたのか息を吸うことが出来ず、苦悶のままにダブルホースレギュレーターを吐き出してしまう。残った片肺だけでも呼吸すべく、マウスピースをくわえたままで居るべきだった。左の肺機能は損なわれていたが、エアを吐き切った右肺がいっぱいに水を吸い込んでしまう。
(あぐっ)
 瀕死の魚めいて水の中で唇をぱくぱくと開閉し、海水を吸っては吐き出す、その唇からはもう気泡がこぼれない。むろん水中の酸素を呼吸できようはずもなく、血中酸素濃度は急速に低下した。脳が意識をシャットダウンしようとしても、胸の激痛が失神を阻む。

 胸深く食い込んだシャフトを引き抜くことが出来たなら、噴出する大量出血とそのショックが速やかに意識をカットしただろう。ブラックシリコンマスクの奥、傷の痛みと溺水の苦痛とに苛まれ見開いた双眸には未だ意志の光が宿ってはいたが、生命を刈り取ろうとする死神の鎌に抗うには脆弱に過ぎた。

 淡く光る水面の方向に伸ばされた右腕が細かく痙攣し、脱力して水に漂う。腰に巻いたウェイトがスーツの浮力を打ち消す水深を過ぎてなお深く、柔らかな曲線を黒いネオプレンの2ピーススーツにくまなく覆われた身体は、墓所となる海底へ向かって音もなく沈降してゆく。

 気泡や血煙が流れ去り、惨劇の痕跡をとどめることのない海は、その懐にひとつのボディを飲み込んだまま、青い沈黙をたたえていた。


(了)

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*書きおろし(2014年4月)



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