「光輝くもの(The Shining Tentacles)」



「彼」の触腕は、ほの暗い水中において淡く発光していた。しなやかで半透明な〈腕〉には、うごめく度に虹色の光が明滅し、こんな状態でなければ――たとえば水族館のアクリルガラス越しに、また記録映像で見たのであれば――見惚れてしまうほどに美しかった。

 水面下で、強い力に四肢を拘束されていて、ふりほどいて浮上することは不可能に思えた。8本の〈腕〉とひときわ長い2本の〈触腕〉、都合10本が彼女の身体を這い回り、なで回す。弾力ある5ミリ厚ネオプレンのウェットスーツと硬質ポリカーボネイトのヘルメットが彼女を守り、幸いにも、キチン質の環を持つ吸盤が肌を傷つけることは避けられた。

 頭足類は高い知能を誇り、いつか遠い未来に彼らは海底に異形の文明を築くことすらあるのかも知れない。「彼」は同族の中でも飛び抜けて賢く、精神は人類とは異なる意識の座に宿る知性と呼称しても差し支えないほどだった。その卓越した知性を以て「彼」は慎重に彼女の反応を伺っている。

 びくん。
 クロッチストラップ(股ベルト)とその周辺に〈腕〉の1本が触れて、彼女は小さく身体を震わせた。顕著な反応に興味を覚えたのか、他の〈腕〉もその場所に集中してゆく。


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(あっ ダメ… いやだよぉ…)
 こんな体験は恐怖でしかないはず、なのに。
(はあっ、はあっ)
 泡めいて透明な球形ヘルメットの中で、呼吸が荒く、早くなる。桜色に上気した頬には汗の玉が浮かび、無意識にスーツの内股をこすり合わせるようにしながら熱い息を吐く。
(でも)
 ウェットスーツの内側と素肌の間を浸す海水の層に、汗と、それ以外の体液とが混じり合う。
(すごく… 気持ちいい……)
 涙があふれ、ヘルメット接続リングのネックシールにぽたぽたと落ちる。熱い涙の理由は、彼女自身にも判然としなかった。

「あはぁ…っ!」
 後方の排気バルブからごぼごぼと気泡の柱が白く立ちのぼり、身を弓なりに震わせて声を上げてしまう。バブルヘルメットの中で高く響いた声は紛れもなく快感ゆえであり、深い海中で聞くものは「彼」だけだったが、その意味するところを人類と異なる知性が真に理解したものかどうか。

 たとえ相手が知性体と呼べる存在であったとしても、異なる世界に生きる者と相互理解が成立するとは限らない。微妙な彼女の反応を観察し望みを読み取り、繊細な10本の〈腕〉で人間以上の快感を与えることが出来たにも関わらず、海中で人間はタンクに詰めた圧縮空気を呼吸しないと生存できないという根本的な事実さえ、水棲生物である「彼」の理解の範囲外にあった。

 飽くことを知らぬ「彼」は、スーツに包まれた全身を執拗にも細やかに探り続け、彼女はその過程で何度も何度も声をあげ身を反らし、官能の頂に登り詰めることになる。「彼」の愛撫は果てしなく続くのだろう。背負ったタンクのエアが尽き、彼女が動かなくなるその時まで。


(了)

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*書きおろし(2014年4月)
*イメージソースはアーサー・C・クラークの「輝くもの」"The Shining Ones" (1964)、ハヤカワ文庫「太陽からの風」他に所収)と、「地球の海フォトコンテスト」2014年自由部門グランプリ受賞作品「ゴースト」によります。両作品に心からのリスペクトを捧げたいと思います(ショクーシュもの捧げてどーすんだ、とは思うけどw)。



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