「Fの断章」09 百合人魚



(動けないでしょ? ナミエ)
(ああん、どうして…)

 くすくす、頭の中に笑い声が響く。
 たゆたう波の下、水深は数メートルの浅い海底。膝立ちになっている、透明なヘルメットと潜水服を装備した少女ナミエ。後ろから抱きしめるのは、長い翠の髪と蒼銀の鱗が覆う半身を持つ人魚、マーナだった。
彼女は心を読むことも、相手に〈声〉を送ることも出来る。
「伏龍」と呼ばれる潜水装備での水中活動に習熟するための自主訓練、という名目で、ナミエはマーナと海底の逢瀬を重ねている。
もともとが海女であり水慣れしていることに加え、海の生きものであるマーナとともに行動することは、格段にナミエの潜水技術を向上させていた。しかし今、彼女は、周囲の水が固化でもしたかのように動けずにいる。
マーナのしなやかな魚体が潜水服をゆるく取り巻いて、先端には大きく透き通った尾ひれがゆらゆらと揺れる。

(人魚は〈セイレーン〉とも呼ばれてるくらい音と歌で人を操れるから、〈金魚鉢〉のガラス越しに歌を聞かせてナミエの身体を動かせなくすることも)
(…やっ ……ん、ああああっ)
(快感を感じる神経を直接刺激することだって出来るよ)

 それだけでは飽きたらず、ナミエの胸や脚の間、ゴム服に包まれた身体に掌を滑らせ、水掻きの張った指で巧みに刺激を与えるマーナ。
何処をどうしたらより感じさせることが出来るのか、重ねた経験と、心を読めるがゆえに彼女は熟知している。
ほどなくナミエは快感の高みへ駆けあがり始めた。

 

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(んあぁっ すごく気持ちイイの、おかしくなっちゃうぅ)
(ゴム服越しに撫でただけでこんな風になるなんて、ナミエって感じやすいんだね)
(ちっ 違うよ! マーナがあたしに、耳がとろけるみたいな歌を聞かせたりするからあっ!)
(うふふ、ここはどうかな?)
(やっ やめ)
(気持ちいいんだ?)
(んっ くふぅっ あはぁっ…)

 透明な強化ガラス製ヘルメットが、熱い吐息と海水の温度差とで薄く白い曇りを生じる。

(ゆっくり息しなきゃ、ちゃんと鼻から吸って口から吐かないと気絶しちゃうよ)
(や… ダメ…… そんなの無理ぃ…)
(いっぱい濡らしてるんだね。ゴム服の奥で、くちゅ、っていやらしい音がしたもの)
(いやぁ… 聞かないで… 感じてるの……心を読んじゃダメなのぉ)

 ナミエは磔刑めいて腕を上げたまま、マーナに、そして快感に翻弄されて、抗うことが出来ない。不自由な身体をくねらせ、ときにびくんと跳ね上げる。その様は、水面に跳ねる小さな可愛らしい魚のようだとマーナは思う。

(もっともっと感じて。ナミエが気持ちよくなったら… んうっ あたしも感じちゃう)
(やっ はぁっ……)
(濡れてきちゃった… ほら、水の中なのにとろってしてるの分かる?)

 マーナの碧眼が熱っぽい光を帯び、頬が紅潮する。彼女が昂ぶるとともにナミエの拘束は解けてゆく。





(ホントだ。マーナのここ、蜜がいっぱいあふれてる)
 手袋に包まれたナミエの指が優しく押し広げると、鱗の間にひとすじ、薄紅色のスリットから、薄白く半透明な粘液の泉が湧き出している。スリットの両側を撫で、粘液をまぶしては泉の中心を指で刺激する。
今度はマーナが身をのけぞらせ、甘い吐息ならぬ水を吐き出した。きゅるっ、きゅりりりりいっ。喉の奥からあふれる、イルカにも似た高音は人魚が水中であげるあえぎ声。
ひくひく、水底に棲む軟体生物めいて粘膜が刺激を求め、銀鱗が光を弾いて魚体がくねる。

(ナミエぇ、お願い、ゆび、入れて…)

 マーナの懇願に、ゆっくりと蜜壺に指を差し入れる。引き抜き、また奥まで差し入れ、柔らかな洞窟(ケーブ)の敏感な場所を探る。水の中でなければ愛液が音をたて、糸を引いてしたたるかも知れない。
それほどに人魚は快楽に溺れている。求め合う二人がひとつになることを望んでも、雌性同志では器具でも使わない限り貫き合うことは不可能だが、それ以前にナミエの肉体はガラスの〈金魚鉢〉と分厚いゴムの潜水服に封じ込められ、
口づけはおろか、直に触れ合って敏感な場所に指を這わせることすら叶わない。それでも。

(ねえマーナ、すごいぬるぬるしてるの、手袋越しでもわかるよ…)
(あっ …あっ んんっ)

 マーナが身を震わせて指を締め付けると、同時にナミエも〈金魚鉢〉の中であえぐ。

(ああぁぁっ マーナが感じてるのが、あたしの〈中〉に入ってくる…!)
(感覚共鳴してるもの。ナミエの指、すごく上手だから んっ……)
(あそこがヒクってしてる。自分でいじってるみたいで、でも、いつもよりもっと感じるのぉ)
(いつも自分でしてるんだ? ナミエ、いやらしい子なんだね)
(マーナだって、こんな、指をギュってくわえこんでるのにぃっ)
(あはぁっ 中が、ゆび、いっぱいなの…… もっと、奥まで、かき回してぇ……!)

 はぁはぁと〈金魚鉢〉の中で荒い息を吐くナミエと、水の中で口を大きく開け、白く豊かな双丘を上下させ、甲高い声で啼くマーナ。長い髪が逆立ち揺らめき、うねる体に追従する。
ヒトと人魚の官能は螺旋を描いて絡み合い、追い掛け合う二頭のイルカめいて寄り添いながら、急速に頂点に向かった。

(んっ あっ)
(あっ)
(いっ 気持っ ち いいいいっ)
((いっしょ、に))
((一緒にぃぃっ))
((いっちゃ))
((いっちゃう))
(((( あああああああああああああーーーーーーーっ ))))

 砂浜に打ち上げられた魚のように身を震わせて。潜水服を着た人間の少女と翠髪の人魚は抱き合ったまま海底に倒れ伏す。昇り詰め、快感の甘い余韻にひたる異種族の娘たちを、水面越しに差し込む淡い光の網が包んでいた。


(了)

*2014年12月(書きおろし)







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